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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)4777号 判決 1975年8月21日

原告

春田静

ほか五名

被告

佐藤孟

主文

被告は、原告春田静に対し金九一万〇、五一二円、原告春田忍、同春田充、同春田求、同春田収、同池田好子に対し各金二一万一、三七二円、および右各金員に対し昭和四九年一月一九日より支払済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの、その一を被告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告は、原告春田静に対して金二四三万円、および原告春田忍、同春田充、同春田求、同春田収、同池田好子に対してそれぞれ金九七万二、〇〇〇円宛、並びにこれらに対する昭和四九年一月一九日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一  事故の発生

訴外春田ミヤは、次の交通事故によつて脳挫傷、頭部挫傷、胸部外傷、骨盤骨折の傷害を受け、昭和四九年一月一八日死亡した。

(一)  発生時 昭和四九年一月一八日午後三時五五分頃

(二)  発生地 東京都町田市木曾町六〇六番一七号先路上

(三)  加害車 軽四輪乗用自動車(多摩8の三六四〇)

運転者 訴外佐藤年江

(四)  被害者 訴外亡春田ミヤ(以下亡ミヤと言う)

(五)  態様 横断歩行中の被害者を加害車がはね飛ばした。

二  責任原因

被告は加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法第三条によつて本件事故によつて生じた後記損害を賠償する責任がある。

三  損害

(一)  亡ミヤの逸失利益

1 亡ミヤは単なる主婦として家事に従事する以上に、中風で倒れて寝たきりの夫の原告春田静(以下原告静という。)と心臓中核欠損症のため長期療養中の三男の原告春田充(以下原告充という)の看護に当つていたもので、まさに一家の中心的な存在であつた。もし同女の代わりに家政婦を雇うとすれば一日当り四、〇〇〇円ないし五、〇〇〇円の支払をしなければならないはずで、その意味で同女の労働価値は少なくとも一日当り金三、〇〇〇円、一カ月金九万円と評価すべきである。

2 同女は事故当時満七五才で、昭和四六年簡易生命表では九・二三年の平均余命を有するが、現に壮健で右のとおり主婦兼家政婦として働いていたわけであるから、少なくとも一〇年以上生存しその間九年間は右と同様に働くことができたものと推定される。

3 従つて同人は右賃金によつて計算した九年間の収益合計額から右期間中の生活費(月四万円を相当とする。)を控除した残額相当の得べかりし利益を喪失したことになるが、これをホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して事故発生当時の現価に換算すると約四三五万円となる。

4 原告静は亡ミヤの夫で、その余の原告らは子であるから、亡ミヤの死亡により右の損害賠償請求権を、原告静は三分の一の割合による金一四五万円を、その余の原告らは一五分の二の割合による金五八万円宛を相続により承継取得した。

(二)  治療費

亡ミヤが死亡するまでの治療費として金六万九、四五五円を要し、原告静がこれを負担した。

(三)  葬儀費

亡ミヤの葬儀費用として金三〇万円を支払い、同額の損害を蒙つたが原告静が金一〇万円、その余の原告らが金四万円宛を負担した。

(四)  慰藉料

原告らは本件事故によつて多大の精神的苦痛を蒙つたが、特に亡ミヤの夫である原告静は中風で倒れて寝たきりで同人の看護を受けていたものであり、同人の三男の原告充は心臓中核欠損症のため長期療養中であつたが亡ミヤの死亡によりシヨツクのため自殺をはかり病院に収容され危うく一命をとりとめたほどで、原告らの精神的苦痛は筆舌に尽し難いがあえて金銭に評価すると原告静は金二五〇万円、その余の原告らは金一〇〇万円宛が相当である。

(五)  弁護士費用

原告らは本訴代理人たる弁護士に支払うべき費用として着手金三〇万円、謝金三〇万円を均分に各一〇万円負担した。

(六)  損害の填補

原告らは自動車損害賠償保障法の規定による責任保険金五三二万九、四五五円および被告から金二〇万円の支払を受けたので原告静が金一七八万九、四五五円、その余の原告らが金七四万八、〇〇〇円宛の割合で損害の填補に充てた。

四  よつて、被告に対し、原告静は損害額の合計金四二一万九、四五五円から損害の填補を受けた金一七八万九、四五五円を控除した金二四三万円、その余の原告らは右同様に金一七二万円から金七四万八、〇〇〇円を控除した各金九七万二、〇〇〇円、およびこれに対する本件事故の翌日である昭和四九年一月一九日から支払済みにいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四請求原因に対する認否

請求原因第一、二項は認める。

同第三項(一)のうち亡ミヤの労働価値が一日当り金三、〇〇〇円であること、九年間にわたり事故当時と同様の労働が可能であるとの点は否認し、その余は不知。但、亡ミヤと原告らの身分関係および原告ら主張の法定相続分により権利を承継したことは認める。

同項(二)は認める。

同項(三)は争う。

同項(四)のうち、原告静と原告充が病弱であることは認めるがその余は不知

同項(五)は不知

同項(六)は認める。

同第四項は争う。

第五抗弁

本件事故地点は交通の激しい町田街道で右道路を横断するに際して車両の直進の安全を確認せず横断した亡ミヤにも過失が存するので過失相殺を求める。

第六抗弁に対する認否

抗弁事実を争う。

証拠〔略〕

理由

一  請求原因第一項(事故の発生)および同第二項(責任原因)は当事者間に争いがない。

二  亡ミヤの逸失利益

〔証拠略〕によれば、

亡ミヤは本件事故当時満七五才の健康な女性で、夫の原告静と三男の原告充の三人で暮していたが、主婦として家事に従事するほか、夫の原告静が約一二年前に脳出血で倒れその後遺症として左半身不随、歩行障害、自便不能の状態が続いて寝たきりであつたため、また原告充は七、八年前から心臓中隔欠損症を患つていらい肺炎、動脈炎、ヘルニアなどに罹り、四、五年前から職業にもつかず長期間自宅療養に努めていたため、亡ミヤは右二人の看護をもしていたこと、特に原告静は高令(明治三五年一月一日生、本件事故当時満七二才)で半身不随等のため非常に看護が大変であつたこと、亡ミヤは二人の病人の看護のため自分が先に死ねないと終始口にしていたが、それが亡ミヤの心の張りになつて看護を続けてきたこと、亡ミヤの死亡後二人の病人の看護を近所に住む原告春田忍(以下原告忍という)夫婦と原告春田求(以下原告求という)夫婦の四人で交代にやるようになつたこと、特に原告充は本件事故後勤務先を変えて自営の商売にして看護の時間をとり、原告求の妻はパートをやめて看護にあたつたり、その余の者も仕事の休みをとつて看護にあたつていること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば亡ミヤは満七五才の高令ではあるが通常の家事労働に加えて二人の病人の付添看護もやつており亡ミヤの死亡により原告忍、同求の各夫婦が付添看護をしなければならなくなつたのであるから亡ミヤの労働は経済的に評価出来、その価値は労働省労働統計調査部編昭和四八年「賃金構造基本統計調査」第一巻第二表の六五才以上の女子労働者の平均賃金年収六九万八、六〇〇円(別紙計算のとおり)を下らないものと評価するのが相当である。

そして亡ミヤの平均余命は厚生省作成の昭和四八年簡易生命表によれば九・一二年であるから同人はなお四年間にわたつて右同様の労働能力を有するものと認め生活費として収入の二分の一を控除し、ライプニツツ方式により年五分の中間利息を控除して本件事故当時の現在価値を算出すると別紙計算のとおり金一二三万八、五八二円(小数点以下切捨、以下同じ)となる。

原告静は亡ミヤの夫として、その余の原告らは亡ミヤの子として亡ミヤの権利義務を、法定相続分に従い原告静は三分の一、その余の原告は一五分の二の割合で承継したことは当事者間に争いがない。

よつて原告静は金四一万二八六〇円、その余の原告らは一六万五一四四円宛を相続により取得した。

三  治療費

亡ミヤが死亡するまでに治療費として金六万九、四五五円を要し、原告静がこれを負担したことは当事者間に争いがない。

四  葬儀費

〔証拠略〕によれば亡ミヤの葬儀を執行した事実が認められその費用については何らの証拠もないが葬儀を執行した以上そのための費用として社会通念上金三〇万円は下らないものと推認され、右推認された事実に反する証拠はない。〔証拠略〕によれば右金三〇万円を原告静が金一〇万円、その余の原告らが各金四万円を負担したことが認められる。

五  慰藉料

原告らは前示のとおり亡ミヤの夫と子であり、本件事故によつて原告らの被つた精神的損害は多大なものであつたと認めることができる。〔証拠略〕によれば原告充は母(亡ミヤ)の死を悲しみ本件事故後の昭和四九年四月下旬に新宿駅のトイレで腹部をナイフで刺し自殺をはかつたこと、加害車両の運転者佐藤年江およびその夫である被告は本件事故の原因についての反省や損害の填補につき誠意に乏しいことが認められ、〔証拠略〕は措信し難く、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

原告らの被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては右認定事実に加えて本件事故の態様(後記過失相殺の点を除く)前記二に認定した事実等本件口頭弁論に顕れた一切の事情を考慮すると原告静について金二五〇万円、その余の原告らについては各金九〇万円が相当である。

六  過失相殺

原本の存在ならびに〔証拠略〕によると本件事故現場は町田市内を南北に走つている通称町田街道(主要地方道)で、道路の両側は畑で商店や民家が点在し、普だんの交通量は多いこと、(但、本件事故当時の交通量は少なかつた。)道路幅は車道幅員約七・五メートル歩道幅員約一・一メートルで歩車道の区別があり、直線で見通しの良いアスフアルト舗装の道路であること、交通規制として最高速度が昼夜とも四〇キロメートル毎時に制限されていること、訴外佐藤年江は本件加害車を運転し北(森野方向)から南(根岸町方向)に時速約四〇キロメートルで進行中、前方四四・五メートル先の左側歩道上を同一方向に向け歩いていた亡ミヤを認めたが(それから前方約一五〇メートル先で右折するため車が停止しているのを認めている)次に亡ミヤを認めたのは加害車の前方約一二メートル先を亡ミヤが歩道から一・二メートル車道に入つた地点を左から右へ真直ぐに横断している時であり、訴外佐藤年江は慌てて右にハンドルを切るとともに急ブレーキをかけたが間に合わず歩道から二・一メートル車道内に入つた地点で(片側走行車線のまん中よりもセンターライン寄り)、亡ミヤに加害車の左前部を衝突させたこと、本件現場付近には加害車の進行方向約一五〇メートル先と反対方向約五〇メートル先に横断歩道があること、以上の事実が認められ、右認定に反する〔証拠略〕は証人佐藤年江の証言に照らし信用できず、他の右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

右認定事実によると、訴外佐藤年江は、道路を横断している亡ミヤ(同人は七五才の高令のためゆつくりした足どりと推認される。)の発見が遅れているのであるから前方不注視の著しい過失があつたことは明白であり他方亡ミヤはふだんは交通量の多い町田街道(主要地方道)を横断歩道以外の場所で横断しようとしたもので、しかも右認定事実からして横断に際し、あらかじめ自動車の進行の有無、進路の安全を十分確認せず横断した過失が推認される。従つて両者の本件事故に対する過失割合は訴外佐藤年江の方が八割五分、亡ミヤの方が一割五分とみるのが相当である。

従つて原告静の損害は前記二ないし五の合計金三〇八万二三一五円から右過失割合による相殺をした金二六一万九九六七円に、その余の原告らの損害は前記二、四、五の合計金一一〇万五、一四四円から右過失割合による相殺をした金九三万九、三七二円になる。

七  損害の填補

請求原因第三項(六)(損害の填補)については当事者間に争いがない。

従つて右損害填補後の原告静の損害残額は金八三万〇、五一二円その余の原告らのそれは金一九万一、三七二円となる。

八  弁護士費用

原告らは本訴代理人たる弁護士に着手金三〇万円、謝金三〇万円を均分に各一〇万円宛負担したと主張するがこれを認定するに足りる具体的な証拠はない。しかしながら原告らが本件訴訟の追行を弁護士たる本訴代理人に委任したことは当裁判所に顕著な事実でありそのための報酬等を支払うべきことは当然のことであり、本件認容額、訴訟経過等の事情に鑑み原告らが本件事故と相当因果関係にある損害として被告に請求し得べきものは原告静に対して金八万円その余の原告らは各金二万円とするのが相当と認められる。

九  むすび

以上判示のとおり、原告らの本訴請求は、被告に対し原告静は金九一万〇、五一二円、その余の原告らは金二一万一、三七二円および右金員に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四九年一月一九日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容すべきであるが、その余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行宣言について同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 馬渕勉)

別紙

亡ミヤの年収

48,900×12+111,800=698,600

亡ミの逸失利益

698,600×(1-0.5)×3.5459≒1,238,582

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